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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)596号 判決 1992年12月21日

原告

寺部紀江

寺部重範

原告兼右両名法定代理人親権者父

寺部謙一

右原告ら三名訴訟代理人弁護士

中村正典

被告

岐阜県厚生農業協同組合連合会

右代表者理事

今井田清

被告

新城清

右被告ら両名訴訟代理人弁護士

羽田辰男

主文

一  被告らは、各自、原告寺部謙一に対し、金三〇六万三三一一円及びこれに対する昭和五七年九月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、各自、原告寺部紀江及び原告寺部重範の両名に対し、それぞれ金一五三万一六五五円及びこれらに対する昭和五七年九月二日から各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの、その余を被告らの各負担とする。

五  この判決は、一、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告寺部謙一に対し、金一六四七万六七八三円、原告寺部紀江、原告寺部重範の両名に対し、それぞれ金八二三万八三九一円及びこれらに対する昭和五七年九月二日から各支払済みまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁(被告新城清)

(一) 原告らの訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

2  本案の答弁(被告ら両名)

(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 訴外寺部仁子(以下「仁子」という。)は、原告寺部謙一の妻であり、原告寺部紀江及び原告寺部重範の母である。

(二) 被告岐阜県厚生農業協同組合連合会は、岐阜県高山市において久美愛病院(以下「本件病院」という。)を経営している。

(三) 被告新城清は、昭和五七年九月当時本件病院の整形外科部長の地位にあり、仁子の治療を担当したのも被告新城であった。なお、同科には他に医師として訴外伊東国雄も常勤していた。

2  仁子の死亡に至る経緯

(一) 仁子は次の交通事故に遭遇した。

(1) 日時 昭和五七年九月二日午後一時五〇分ころ

(2) 場所 岐阜県高山市桐生町六一番地所在交差点(高山市立北小学校の北側)

(3) 加害車両 訴外濃飛倉庫運輸株式会社高山支店従業員である訴外高島新一郎運転の大型トラック(熊谷一一か一八八五)

(4) 事故態様 加害車両が前記交差点北進入口手前で一旦停車後、信号に従って左折東進しようと発進し、左折進行を開始した直後、折りから同交差点を北から南に向けて自転車で横断中の仁子を、左折する加害車両の左前輪付近に巻き込み、仁子は、同事故によって受傷した。

(二) 仁子は、昭和五七年九月二日午後二時ころ(以下、この日に生じたものは原則として年月日を記載しないで時刻のみで記述する。)、救急車で本件病院に運び込まれ、肺及び腹部から腰部にかけてレントゲン撮影を受けた。被告新城は、午後二時二五分ころ、本件病院の整形外科診察室において、訴外藤本岸子看護婦から右撮影のレントゲン写真等を受取るとともに、訴外川合淳子看護婦から、仁子は交通事故の被害者であること、整形外科診察室の前の廊下にストレッチャーで運ばれてきていること及び腹痛を訴えていること等の報告を受けた。

(三) 被告新城は、午後二時三〇分ころ、既に本件病院に駆けつけていた原告謙一と加害者の勤務する訴外濃飛倉庫運輸株式会社高山支店の支店長を前記診察室に招き入れ、仁子のレントゲン写真を示しながら、「骨盤が六か所折れている。膀胱か輸尿管がやられているかもしれない。」等と説明した。

仁子は、整形外科診察室の前に到着した午後二時二一分ころから被告新城の指示で入院病棟に移される午後二時五五分ころまでの間、何らの診察も処置もされないまま右診察室前の廊下に放置されていた。

(四) 仁子は、午後三時ころ、入院病棟に到着した。訴外今井みよ子、訴外今井久美子両看護婦(以下「今井両看護婦」という。)は、仁子にハンモックベッドを用いた牽引療法を施すべく、当初予定していた病室を変更した上、ハンモックベッドの組立作業を行ったが、結局、うまく組み立てられず、午後三時二〇分ころ、仁子を普通ベッドに寝かせた。

今井両看護婦は、仁子を寝かせた直後、同女の血圧を測定しようとしたところ、測定困難な状態(出血性ショック状態)にあることがわかり、驚いて直ちに被告新城にその旨を連絡した。被告新城は、病室に駆けつけて仁子を診察し、輸液、代用血漿及び昇圧剤を投与したが、仁子をショック状態から離脱させることができず、また、腹腔穿刺の結果、腹腔内大量出血の疑いが生じたので、開腹手術をすることにした。

(五) 仁子は、午後三時四〇分に手術室に運ばれ、午後四時二〇分から被告新城の執刀により開腹手術を受けたが、結局、後腹膜腔内の出血を阻止できないまま午後六時三〇分に手術は中止され、午後一一時四分、大量出血による心不全により死亡するに至った。

3  被告新城の過失

(一) 仁子を約一時間診察せず放置した過失

被告新城は、午後二時二五分ころ、重複性垂直骨盤骨折(以下「マルゲーヌ骨折」という。)が写っている仁子のレントゲン写真を読影し、血圧が一二〇/六〇と記載されている一般外来診療録を受領し、その際、川合看護婦からも、仁子が交通事故により受傷したこと、仁子が整形外科診察室の前に運ばれてきていること及び仁子が腹痛を訴えていることの報告を受けたのであるから、マルゲーヌ骨折の合併症としての腹部内出血のおそれが医学的に公知の事実である以上、当然腹部の内出血を予測し、直ちに仁子に対し、体表面の損傷や腰部の轢過痕等の有無を診断し、かつ、バイタルサイン(呼吸数、脈拍数、血圧等の徴候の総称)を経時的にチェックすることにより、仁子に腹部内出血が生じていることを速やかに診断した上、直ちに出血を阻止する手術及び失われた血液を補う輸血をすべき注意義務があったにもかかわらず、漫然とこれを怠り、レントゲン写真の読影のみから通常の骨盤骨折であると安易に判断し、保存的療法のみを念頭に置いて仁子を入院病棟に移し、午後三時二〇分までの約一時間もの間何らの処置もせず、開腹手術と輸血の開始を遷延させた。

そもそも、最小血圧が六〇の場合は最大血圧は一〇〇に達しないのが一般的であるところ、仁子が本件病院に到着したときの血圧は一二〇/六〇であり、最大血圧と最小血圧の差が異常に大きいのは、出血による循環血液量の減少を意味し、正常値の血圧の人間の最小血圧が七〇以下に低下するときには約八〇〇ないし一〇〇〇ミリリットルの出血があると推定することができるし、仁子が交通事故により受傷したものであり、レントゲン写真上でも仁子が少くとも骨盤骨折をしていることは判断しえたことからすれば、被告新城は、午後二時二五分ころの時点において、仁子の腹部内出血を予見することは当然できたものである。

(二) 輸血の際の過失

(1) 輸血用血液の手配忘れ

被告新城は、午後三時二〇分ころ、仁子が血圧測定困難な出血性ショック状態に陥ったことを認識したのであるから、右ショック状態からの離脱を図るべく直ちに輸血用血液の手配をなすべきであったにもかかわらず、漫然とこれを怠り、午後三時五七分ころになってようやく右手配をなした。

(2) 輸血開始の遅れ

輸血用血液が本件病院に到着したのが仮に午後三時五〇分ころであったとしても、被告新城は、仁子のショック状態からの早期の離脱を図るべく、血液到着後、交叉試験(患者の血清に輸血用血液の血球を、輸血用血液の血清に患者の血球をそれぞれ加えて凝集反応をみる試験)や間接クームス試験(患者の血清中に非定型抗体が産生されているかどうかを知るために抗ヒトグロブリンウサギ血清(クームス血清)を用いる試験であって、その結果が陰性であれば、適合血として輸血することができる。)等を省略し、直ちに輸血を開始すべきであったにもかかわらず、三〇分もかけて右各試験を実施し、ようやく午後四時二〇分に輸血を開始した。

(3) 輸血速度の遅れ及び代用血漿の手術中の併用

被告新城は、午後四時二〇分における仁子のヘマトクリット値(赤血球容積率)が12.5パーセントで失血量が二二〇〇ミリリットルであること及び右時点において右失血量に相当する輸血用血液を保有していたこと、既に代用血漿を二〇〇〇ミリリットル使用しており(後記(四)(2))、更にこれを追加使用することは出血傾向を助長し、腎障害の副作用を伴うことを認識していたのであるから、三〇分当たり二〇〇〇ミリリットルの輸血をし、かつ、輸血開始後は代用血漿の使用を止めるべきであったにもかかわらず、輸血開始直後の三〇分間に五〇〇ミリリットルの輸血しかせず、かつ、一五〇〇ミリリットルの代用血漿を使用した。

(4) 輸血量不足

被告新城は、手術終了までの仁子の総出血量が三二一〇ミリリットルであったこと及び仁子が血管損傷を合併した重症のマルゲーヌ骨折であることを認識していたのであるから、仁子に対し、少なくとも出血量と等量の三二一〇ミリリットルの輸血をし、更に八〇〇〇ミリリットル以上の輸血をすべきであり、これをしないで仁子の救命をたやすく断念してはならないのに、漫然とわずか一六〇〇ミリリットルの輸血しかしなかった。

(三) 手術の際の過失

被告新城は、開腹手術において、腹膜腔・後腹膜腔(壁側腹膜でおおわれている腹膜腔と脊柱との間にある隙間)内の出血源を発見したのであるから、直ちに止血措置を施すべきであったのに、漫然とこれを怠り、後腹膜腔内出血に対する止血措置を講ずることなく手術を終了した。

(四) その他の過失

(1) 昇圧剤の大量使用

被告新城は、午後三時二〇分すぎころ、仁子が出血性ショック状態に陥ったことを知っており、かつ、この場合に昇圧剤を用いることは臓器の血液量をいっそう減少させ、臓器不全を招く恐れがあることを認識すべきであったから、出血してしまった循環血液量を第一次的に輸血・輸液によって補い、それでもなお血圧が上昇しない場合に初めて昇圧剤を用いるべきであったにもかかわらず、漫然と輸液開始とほとんど同時に昇圧剤二アンプルを投与し、更に輸血開始までに合計四アンプル投与し、結局、手術終了までに合計一四アンプルも投与して、出血性ショックで既に極度に収縮していた仁子の末梢血管に更に収縮を生じさせた。

(2) 代用血漿の大量使用

被告新城は、代用血漿の使用限度が一般に人間の体重一キログラムあたり二〇ないし三〇ミリリットルであるとされ、その大量使用は出血傾向を助長し、腎障害の副作用を伴うことから最大限の許容使用量が二〇〇〇ミリリットルであることを認識すべきであったにもかかわらず、仁子に対する代用血漿の使用量は、合計四〇〇〇ミリリットルにも達し、仁子の出血傾向を一層に助長した。

4  因果関係

被告新城は、午後二時二五分ころ、看護婦から、仁子のレントゲン写真を手渡され、交通事故に遭遇した仁子がストレッチャーで整形外科診察室前の廊下に運ばれてきていることの報告を受けたのであるから、もし、このとき診察していれば、仁子の左腰部及び右上腕部等に轢過痕が存在していること、仁子が極度の痛みの他に左足の感覚鈍麻を訴えていることを知ることができ、加えて、レントゲン写真にマルゲーヌ骨折が写し出されていたのであるから、腹部内出血の発生を容易に診断することができ、遅くとも午後三時ころまでには手術及び輸血を開始し、仁子の出血を阻止するとともに、その循環血液量を確保してその一命を取り止めることが可能であった。即ち、

(一) 手術について

被告新城が手術を午後三時に開始すれば、開腹により仁子の腹部の左総腸骨静脈等の損傷を早期に発見することができ、仁子が出血性ショックに陥る前に血管縫合による止血をすることができ、出血量の減少を図ることが可能であった。

(二) 輸血について

被告新城が午後三時に一五〇〇ミリリットルの急速輸血を行っていれば、午後三時二二分ころには循環血液量を正常な状態に戻すことができ、更に午後三時二二分以降に出血量に等しい一時間当たり九三三ミリリットルの量の輸血を続けていれば仁子を何時間でも生存させることができた。

なお、仁子は、午後三時二〇分ころは意識明瞭で問いかけに対しはっきり返答することのできる状態であり、午後四時ころに体動もあったのだから、輸血が午後三時四五分に開始されていたとしても、仁子の救命は不可能ではなかった。

5  被告らの責任

(一) 被告新城

被告新城は、仁子の死亡に対して不法行為責任を負担する。

(二) 被告連合会

(1) 不法行為責任

被告連合会は、被告新城の使用者であり、同被告がその事業の執行としてなした仁子に対する違法な医療行為により生ぜしめた損害を賠償する責任を負担する。

(2) 債務不履行責任

仁子と被告連合会との間には、診察治療を目的とする医療契約が成立しており、被告連合会は、これにより、可及的速やかに仁子の止血を行い、マルゲーヌ骨折を治療し、同時に輸血を行って仁子の循環血液量を確保し、もって、その生命を維持すべき債務を負担していた。

しかし、被告連合会の履行補助者である被告新城は、前記(一)のとおり仁子の診察治療につき過失があり、これにより、被告連合会は、右債務を完全に履行しなかったものであり、債務不履行に基づく損害賠償責任を負担する。

6  損害

(一) 逸失利益

金四七三六万九四七五円

仁子は、昭和四一年三月に愛知県立女子大学英文科(四年制)を卒業し、死亡当時三八歳であった。したがって、逸失利益は、昭和五七年度の賃金センサス第一巻第一表の大学卒三八歳女子労働者の産業計・企業規模計の年収である三八三万八六〇〇円から生活費控除としてその三割を減じ(この控除率は、昭和五六年九月から同五七年八月までの原告ら家族の収支から計算した。)、六七歳までの稼働とみて二九年の新ホフマン係数17.629を乗じる。

383万8600円×0.7×17.629=4736万9475円

(二) 死亡慰謝料

金一六〇〇万円

(三) 葬祭料

金一八〇万三七一〇円

(内訳)

(1) 葬儀費用

金八六万三七一〇円

(2) 仏壇・仏具費用

金二八万七〇〇〇円

(3) 墓地・墓石費用

金六五万三〇〇〇円

(四) 国民年金支払分

金二八万〇三八〇円

仁子は、同人名義で国民年金に加入しており、死亡時までの掛金総額が右金額である。

(五) 損益相殺

金三四五〇万円

原告らは、昭和五八年五月一六日、訴外濃飛倉庫運輸株式会社との示談契約により、示談金三四五〇万円を受領した。

(六) 原告ら三名は、仁子の相続人として、原告謙一は、右(一)から(四)の損害額の二分の一を、原告紀江及び原告重範は各四分の一を相続した。

(七) 弁護士費用

金二〇〇万円

原告らは、本訴訟提起に当たり、本訴訟代理人にその提起追行を委任し、原告謙一は金一〇〇万円、原告紀江及び原告重範が各金五〇万円の合計金二〇〇万円の報酬を支払うことを約した。

7  よって、原告ら三名は、被告新城に対しては不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告連合会に対しては不法行為又は債務不履行による損害賠償請求権に基づき、原告謙一は金一六四七万六七八三円、原告紀江、原告重範はそれぞれ金八二三万八三九一円及びこれらに対する不法行為時又は債務不履行時である昭和五七年九月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  被告新城の本案前の主張

原告らは、昭和五八年八月一〇日及び同月下旬、被告新城との間で金銭請求をしない旨の合意(不起訴の特約)をした。

よって、被告新城に係る本件訴えは却下されるべきである。

三  被告新城の本案前の主張に対する原告らの認否

否認する。

四  請求原因に対する認否及び被告ら両名の反論(被告両名共通)

1  請求原因1(一)の事実は不知。

同1(二)、(三)の各事実は認める。

2  同2(一)の事実中、仁子が原告らの主張する日時場所で大型トラックに轢過されたとして、本件病院に運び込まれたことは認めるが、その余の事実は不知。

同2(二)ないし(五)の事実中、以下の事実と合致する点は認めるが、その余の事実は否認する。

仁子の死亡に至る経緯は次のとおりである。

(一) 仁子は、午後二時ころに本件病院に救急車で運び込まれた。川合看護婦他一名が救急室で直ちに仁子の血圧測定を行ったところ、一二〇/六〇で、仁子の顔色、脈拍、意識は正常であり、本件病院の事務職員が仁子にその住所、氏名、年齢等を直接確認することもでき、仁子は痛みを訴えてはいたものの、特に異常は認められなかった。

(二) 伊東医師は、直ちに救急室にかけつけ、川合看護婦らから状況の報告を受けた上、仁子に対して問診・触診をし、腹部と胸部のレントゲン撮影を指示した。なお、伊東医師は、このとき、仁子の体表面に創傷、圧痕、皮下出血斑及び腹部膨隆等を認めていない。

(三) 川合看護婦らは、伊東医師の前記指示を受けて、仁子をストレッチャーでレントゲン室に運び、速やかにレントゲン撮影に取りかかった。レントゲン室では、知らせを受けてかけつけた原告謙一の仁子との面会時間も含めて、レントゲン撮影には二〇分から二五分の時間がかかった。なお、原告謙一の仁子との右面会の時刻は午後二時三五分である。

ここでも、川合看護婦は血圧測定を行ったが、特に異常はなく、仁子の意識も明瞭であった。

(四) レントゲン撮影後、川合看護婦らは、ストレッチャーで仁子を整形外科診察室前の廊下まで移動させた上、川合看護婦がレントゲン室に戻り、レントゲン写真を受け取って整形外科診察室まで引き返し、同診察室の藤本看護婦を介し、被告新城に右レントゲン写真を渡した。しかし、右看護婦らは、その際、被告新城に対し、仁子が交通事故に遭ったものであること、整形外科診察室前廊下まで運ばれてきていること及び腹痛を訴えていること等は一切報告していない。被告新城は、他の患者に対するギプス巻きの作業を中断し、右レントゲン写真をその場で読影した上、原告謙一と訴外濃飛倉庫運輸の高山支店長を入室させ、仁子を初診した伊東医師立会いの上、原告謙一らに対してレントゲン写真を示し、骨盤骨折であること、内臓損傷はレントゲン写真には写らないが、その可能性もありうるので検査が必要であり、即時の入院を必要とすることを説明し、同原告らから入院の承諾を得た上、入院指示書を作成し、カルテに記入した。なお、その間、仁子には看護婦が付き添っていたが、仁子は痛みを訴える以外に特別の変調を感じさせるような挙動を示さなかった。

(五) 川合看護婦らは、被告新城の入院指示により、午後三時ころ、仁子をストレッチャーで入院病棟に移し、入院病棟の今井看護婦らに引継ぎをした。引継ぎを受けた病棟側は、仁子の脈拍及び血圧を測定しようとしたが、測定が困難であり、かつ、顔色も悪いのに気付き、直ちに被告新城にその旨を連絡した。しかし、被告新城は、既にギプス巻きの作業を伊東医師に任せ、白衣を着て入院病棟へ向かっているところであって、午後三時三分には入院病棟において仁子を直接診察している。被告新城は、午後三時八分、外科の前田医師とも相談して仁子の病状を検討し、その結果、腹部内出血による出血性ショックとの判断を下し、腹腔穿刺によって後腹膜腔内の出血であることが判明したので、直ちにショック状態からの離脱を図るべく輸液、代用血漿や昇圧剤の投与を行ったのであるが、仁子の病状は好転しないので、午後三時三五分に開腹手術を決定した。

(六) 被告新城は、仁子を午後三時四五分に手術室に入室させ、午後四時二〇分に手術を開始し、午後六時三〇分に終了した。

手術中に、輸血・輸液を行ったが、仁子の血圧は上昇しなかった。

午後七時に仁子を病室に移し、人工呼吸器によって呼吸補助をなし、午後一〇時に心停止があったので、マッサージ等を行い、心停止は一旦回復したものの午後一〇時五五分に再び停止し、午後一一時四分に死亡と判定した。

3  同3の各事実は全て否認し、被告新城に過失が存在したという点及び被告連合会に債務不履行が存在したという点は争う。被告ら両名の反論は、次のとおりである。

(一) 仁子を約一時間診察せず放置したとの点について

(1) マルゲーヌ骨折の合併症としての腹部内出血の予見可能性の不存在

被告新城が仁子のレントゲン写真及び一般外来診療録を受領したのは午後二時三五分よりも遅い時刻であり、その際、川合看護婦又は藤本看護婦から「レントゲン写真ができたから見てください。」という程度の話しか聞かされておらず、また、訴外濃飛倉庫運輸の支店長からも、仁子は倒れた自転車の下敷きになったとしか説明を受けなかった。確かに、被告新城は原告謙一らに「臓器損傷がありうるかもしれない。」と述べたが、これは告知義務との関連で、あくまでそういうこともありうるという可能性の一つを述べたまでであって、この時点ではまだ精密検査も経ておらず、前記2(三)、(四)のとおり仁子の意識、脈拍、血圧、顔色も正常である以上、次の措置(具体的には止血と輸血)へ進む必要を認識することは不可能であった。

詳論すれば、仁子が本件病院に到着したときの血圧は一二〇/六〇であり、成人女性としての正常範囲に属するものである。まして、意識も正常で外傷も見られない以上、腹部内出血を予見することは不可能である。また、最小血圧が七〇以下に落ち込むと一般に八〇〇ミリリットルから一〇〇〇ミリリットルの出血が推認されるということもない。一般的にいって、骨盤環骨折(骨盤環を構成している仙骨、腸骨、恥骨、坐骨のうちの複数の骨が折れて、骨盤環の連続が断たれる骨折。マルゲーヌ骨折もそのうちの一つである。)と認識したら直ちに精密検査もせず、止血及び輸血の措置をとらなければならないという原告らの主張は、治療行為の実態を無視したものと言わざるをえない。骨盤骨折は、多くの場合、牽引療法等により回復するものであることは臨床上明らかであって、合併症としての主要血管損傷は創傷部からの多量の出血が認められない限り、その発見は困難で、患者がショック状態に陥って初めて発見されることが多く、更に、輸血措置を採るにしても、本件病院の場合、最寄りの血液センターである高山ブルート協会から輸血用血液を取り寄せて実際に輸血が可能になるのは、手配から最低でも三〇分は必要であり、通常は一時間以上が必要である。

(2) 被告新城の措置・指示の妥当性

被告新城は、当日の午前中に一〇二名の外来診療にあたり、午後はギプス巻き患者一〇名等の予約の外、午後三時から骨折患者の手術予定が入っていた。午前一一時五〇分ころ、左肩脱臼骨折の救急患者があり、そのため全身麻酔の上で手術をなし、午後一時過ぎに終了したが、当初の予定より大幅に遅れていた。

このような状況のもとで、被告新城は、以下に述べるような仁子に対する措置、指示を行った。

午後二時三五分ころの整形外科診察室内外にはギプス巻き患者が多数おり、廊下は照明が暗い。そこで、被告新城は、器具や設備等が整っている入院病棟への移送を指示し、指示の直後に自ら入院病棟に赴き、午後三時三分ころ出血性ショック状態に陥った仁子を診察し、かつ、外科の前田医師の診察を求め、腹腔穿刺等の検査をして後腹膜腔内出血との診断を下し、午後三時三五分に手術を決定するとともに、輸液、昇圧剤及び代用血漿を投与してショック状態からの離脱を図ったものであって、仁子を放置したことはなく、この点の過失はない。

(二) 輸血の際の過失について

(1) 輸血用血液の手配忘れの主張に対して

被告新城が午後三時三分以前に臓器損傷の可能性を認識していなかったことは、(一)で述べたとおりである。

被告新城は、午後三時三分ころ、仁子の血圧が測定不能となったため輸液・代用血漿の急速注入を行ったが、血圧の回復がみられず、ここで血管損傷を強く疑うに至ったので、この時点で輸血の準備として、検査用血液を採取し、採取した血液の検査と輸血用血液の手配の指示を行っている。出血直後の末梢血の検査においては、生体の代償機能が働くため出血があっても貧血が目立たないことがあり、相当時間経過して代償の限界に達することにより真実に近い貧血程度が判明することがあるところ、午後三時二〇分検査室受付の仁子の末梢血検査の結果は、赤血球三二六万個、ヘモグロビン9.6グラム毎デシリットル、ヘマトクリット三一パーセントで貧血は極端ではなく、出血から間もないことがうかがわれた。加えて、血液型判定(全麻検査に含まれている。)後でなければ、血液の発注は不可能で、この検査には五分から一〇分を要する。しかし、輸血用血液の手配が原告らの主張するように午後三時五七分ころになっていたことはない。したがって、輸血手配についても被告らに過失はない。

(2) 輸血開始遅れの主張に対して

被告ら両名は、輸血にあたっては、交叉試験及び間接クームス試験を必ず実施してから輸血を実施している。本件の場合は緊急を要するので、輸血を開始しながら同時に間接クームス試験を行い、同試験に異常が出れば、いつでも中止できる体制で輸血を行った。しかし、輸血用血液一〇本(二〇〇〇ミリリットル)に対する交叉試験は、少なくとも三〇分はかかるので、輸血用血液の手配から輸血が可能となるまでに最低でも三〇分はかかり、通常は一時間以上を要する。

本件では、輸血が午後四時二〇分に開始されているから、輸血用血液の到着は遅くとも午後三時五〇分であり、前記(1)で述べたように、血液検査が検査用血液の採取から一〇分で終了したとすると、発注が午後三時一五分ころであることになるが、高山ブルート協会の輸血用血液は予約注文制である上に、輸血用血液の絶対量が乏しいため病院内に予備保管することは不可能で、本件病院でも必要が生じた都度発注しており、高山ブルート協会では、発注を受けた時点での手持ち血液量が必要量に満たない場合には他の医療機関へ発送済みの分までかき集めるなどもしている。しかも、高山ブルート協会は、寡婦一人で運営されているため、受注・配達も一人で行わなくてはならず、配達で不在の場合、医療機関からの電話は近隣の家で受けてもらって、帰宅後あらためて医療機関に電話して注文を受ける体制になっている。

かかる事情からすれば、輸血用血液の到着時刻及び輸血開始時刻が遅れたと評価することはできず被告両名には過失はない。

(3) 輸血速度不十分及び代用血漿の併用の主張に対して

輸血前に輸液一〇〇〇ミリリットル、代用血漿二〇〇〇ミリリットルの急速注入を行っているため、更に失血した血液量と等量の急速輸血は循環血液量を過剰に増大させ、逆に循環系に負荷をかけ、うっ血性心不全を惹起したり、出血を助長したりするおそれがある。大量出血で輸血を行う場合でも、失血量を全て血液で補充するより、電解質又は膠質を含む電解質液と血液を一から二対一の割合で投与し、ヘマトクリットを三〇から三五パーセントに維持するのが末梢の微小循環での血液粘性上からも好ましいといわれている。そこで、代用血漿一五〇〇ミリリットルを併用したものであり、右処置に被告ら両名の過失はない。

(4) 輸血量不足の主張に対して

仁子の体重は43.5キログラムで、全循環血液量は女性の場合、体重一キログラム当たり八〇ミリリットルであるから、仁子の場合、三四八〇ミリリットルである。出血量が三二一〇ミリリットルなのに一八〇〇ミリリットルしか輸血していないことにつき原告らは過失を主張するが、ショックに陥った当初の出血量は一二二五から一五七五ミリリットルであると予想され、ショックからの離脱のための輸血量として、一八〇〇ミリリットルは妥当である。

更に、原告らは、仁子に八〇〇〇ミリリットル以上の輸血をしない限り救命を断念してはならないと主張する。

しかし、仁子の出血量と輸血量等の関係は次のとおりである。

輸液

代用血漿

輸 血

合 計

出血量

術 前

五〇〇

二〇〇〇

二五〇〇

術 中

二〇〇〇

一五〇〇

一八〇〇

五三〇〇

三二一〇

術 後

一〇〇〇

五〇〇

一〇〇〇

二五〇〇

五七

合 計

三五〇〇

四〇〇〇

二八〇〇

一〇三〇〇

三二六七

即ち、手術中に測定した出血量は三二一〇ミリリットルであり、これは仁子の全循環血液量に匹敵し、出血の速度・量の多大であることを物語る。

これに対応する血液量は高山ブルート協会では賄いきれず、岐阜市あるいは隣接県から取り寄せるか、仁子と同型の血液保有者を多数集めて採血する外ないが、数時間のうちに被告らが輸血した一八〇〇ミリリットルの外に六〇〇〇ミリリットル以上の輸血用血液を採集することは不可能であった。したがって、被告両名に過失はない。

(三) 手術の際の過失について

レントゲン写真からは腹部内大量出血の判定は不可能であったが、午後三時三分ころ、仁子の血圧が測定困難となったことから、被告新城は、仁子が出血性ショックに陥っていると判断し、前田医師に依頼して午後三時八分ころから午後三時四〇分ころまでの間、病室で仁子に数回腹腔穿刺を行ったのであるが、いずれの場合にも血液は吸引されることがなかった。そこで被告新城は、腹膜腔内には大量出血はないものと判断し、後腹膜腔内出血を予想し、手術を決意した。

午後四時二〇分から手術を開始し、仁子の腹部を開腹したところ、

(1) 腹膜腔内においては、約一〇〇グラムの血腫があり、これを除去すると、その下で腸間膜の一部が裂けているのを認めたが、出血は既に終わっており、新たな出血は認めなかった。被告新城は、右裂け目を縫合処理し、他に出血源がないかどうかを確認するために、ダグラス窩(直腸子宮窩)や肝下部にガーゼを挿入し、大きな出血のないことを確認して創を閉じた。大きな出血がない以上、小さな出血源を探すことは、徒らに手術時間を遷延させるばかりであって、仁子の術中死亡の危険も出てきたため、腹膜腔内の内臓を細かく調べることはしなかった。

(2) 本件におけるマルゲーヌ骨折の合併症としての後腹膜腔内出血は、骨盤腔内出血であって、左総腸骨静脈の亀裂部分、骨盤静脈叢及び仙骨静脈叢からの多発性のもので、出血は湧き出るかのようであり、かつ、巨大な後腹膜血腫が形成されていたために、これを全部除去し、出血源を確認した。しかしながら、かかる多発性の骨盤腔内出血の確実な止血法は手術当時発見されておらず、止血処置を施すことは不可能であったから、左総腸骨静脈の亀裂の側壁縫合をするも、その余は血腫によるタンポナーデ効果(後腹膜腔に出血した場合、出血した血液の量が増加するに従い、限られた腔内の内圧が増加して血圧に均衡するようになると、それ以上の出血がなくなり、止血の効果が生じること)を期待する外なかった。手術終了時に後腹膜腔内にドレーン(ドレナージ。手術創において血液等の貯留が生じないように創内に挿入する誘導管のことで、普通はゴム管が用いられる。)を挿入した。右ドレーンによって誘導される術後の出血量から術後の出血状態を観察したが、二時間半で血性液は五七グラム誘導されたにとどまった。

(3) 右(1)、(2)のような処置と判断は妥当なものであり、被告らに過失はなかった。

(四) その他の過失について

(1) 昇圧剤の大量使用に対して

一般に出血性ショックの中でも非常に重篤な状態、即ち、脈が触れないというような状態のときにも、なお、昇圧剤を絶対に使用してはならないというのは言い過ぎで、補液が十分になされているはずなのに血圧が上昇しない場合には、一応血圧を七〇から八〇まで上昇させるために昇圧剤を使用すべきである。

被告新城は、仁子に対して急速輸液を行ったが、血圧が上昇しなかったので、やむなく昇圧剤エホチール一アンプルを静脈内に投与し、筋肉内にも一アンプル注射したもので、右使用は、主治医である被告新城の裁量の範囲内であって、過失はない。

(2) 代用血漿の大量使用に対して

ショック状態は、それが遷延すれば心停止を惹起し、死につながるため、あらゆる努力を払って早くショックから離脱させなければならない。代用血漿は、右のような場合に輸血用血液が得られるまでの間の循環血液量の補充・維持に使用される。したがって、輸血用血液を直ちに十分確保することができる施設では、代用血漿の使用はそう多くはない。代用血漿の使用量は、薬剤の種類によって多少の相違があるが、体重一キログラム当たり三〇ミリリットルが限界とされてはいる。しかし、出血性ショックの治療において最も大切なのは、循環血液の量の確保であり、ショックが持続している場合には、代用血漿の使用量が右限界を越えても更に投与し、循環血液量の回復を図る必要があり、血液の到着を待っていては患者の救命は不可能となる。

本件においては、前記(二)(2)で述べたように、輸血用血液の手配から輸血が可能になるまで最低三〇分は必要であるから、代用血漿の大量使用は、ショックからの離脱という目的に適ったものであり、被告新城に過失はない。

4  同4の事実は否認し、その主張は争う。

(一) 早期手術による仁子の救命可能性について

仁子が本件病院に到着した際、その身体の外見上はほとんど異常はなかったし、単純レントゲン写真からは骨盤に六か所の骨折が生じていたことしか分からなかったが、開腹手術をした際の下腹部の損傷は予想外の重症であった。即ち、マルゲーヌ骨折の合併症として最も多く見られる尿路系の損傷は認められなかったが、単純レントゲン写真からはその存在を診断することのできなかった粉砕骨折が仙腸関節一帯に存在し、更に下大静脈分岐部(原告は左総腸骨静脈と主張しているが、損傷箇所自体には争いなし。)の亀裂、組織挫滅部からの出血及び周辺組織の牽引による動静脈の損傷が認められた。仁子の来院時において、事故の真相を正確に把握することができ、かかる損傷を予想することができていれば、手術の適応例との判断を下すことはなく、保存的療法のみで対処していた。

骨盤腔内出血は、まず、その存在診断が困難であり、次に確かに出血があると分かっても骨盤腔内出血の場合、開腹手術によって出血源を発見することも極めて困難である。多くの場合、開腹して骨盤腔内に発見することのできるのは後腹膜巨大血腫とどこからともなく湧き出してくる出血だけである。術者は骨盤腔内をあちこちいじりまわした末、結局タンポナーデをして閉腹せざるをえない。また、後腹膜を切開すると、タンポナーデ効果が失われるためむしろ静脈性出血を助長させるおそれがある。このような理由から骨盤腔内出血に対しては開腹手術をすべきではなく、輸血を多量にして保存的な治療をすべきであり、外科手術はなるべく避けるべきだとの医学的知見があるのであり、これに照らしても、被告新城が、手術室に仁子を搬入してから直ちに手術を行わなかったことは妥当な処置である。かかる事情からすれば、原告らが主張するように早期に手術を開始していたとしても、仁子が救命された可能性は乏しいといわざるを得ず、したがって、被告新城の行った手術と仁子の死亡との間には因果関係は存在しない。

(二) 早期大量輸血による仁子の救命可能性について

本件のように、一一トントラックに轢過された場合、巨大な鈍的外力が加えられることになる。レントゲン写真で診断された両恥骨、両坐骨、右仙腸関節及び仙骨の骨折に加えて、手術時に発見された腸間膜の損傷、下大静脈分岐部の損傷からして、仁子は極めて重度の多発性外傷を受傷していた。

また、仁子の全循環血液量は、前記3(二)(4)のとおり三四八〇ミリリットルであるところ、仁子は、午後一時五〇分の事故遭遇時から入院病棟に到着してショックに陥るまでの約七〇分間に二〇〇〇から二五〇〇ミリリットルの出血をしており、一時間当たり一七一四から一二四三ミリリットルの出血があったこととなり、通常の骨盤骨折の激しい出血が一時間当たり三〇〇から五〇〇ミリリットルであることと比較すると、いかに腹部の挫滅がひどかったかが分かる。鈍的外力による下大静脈破裂は、腹部外傷中最も治療の困難な損傷の一つで、その死亡率は八三パーセントとも八九パーセントとも言われている。

仁子を救命するには、出血していた血管を全て結紮して、下半身への血流をなくしてしまう手術、即ち、胴体切断の手術が必要であったが、これは高度の技量を必要とする手術であり、本件当時、被告らの実施できるものではなかった。

かかる事情に照らせば、早期に失血量と等量の輸血を行ったとしても、仁子が救命された可能性は乏しいといわざるを得ず、被告新城が行った輸血と仁子の死亡との間には因果関係は存在しない。

5  同5は否認する。

6  同6は争う。

(一) 逸失利益の計算関係を争う。特に生活費控除は、0.4以上とすべきであるし、新ホフマン係数ではなく、ライプニッツ係数を使用して中間利息の控除をなすべきである。

(二) 死亡慰謝料は、九〇〇万円から一〇〇〇万円が相当である。

(三) 葬祭料の範囲につき争う。特に、仏壇、仏具、墓地及び墓石費用を含めるべきではない。

(四) 国民年金掛金の支払分は、損害とすべきではない。

(五) 損害相殺は認める。

第三  証拠<省略>

理由

(以下、成立に争いのない書証、原本の成立及び存在に争いのない書証並びに弁論の全趣旨により成立の認められる書証は、いずれもその旨の記載を省略する。)

第一仁子の交通事故遭遇から死亡に至るまでの経緯

当事者間に争いのない事実、<書証番号略>、鑑定人大井淑雄の鑑定(以下「大井鑑定」という。)、証人川合淳子(ただし、後記採用しない部分を除く。)、同有田公子(ただし、後記採用しない部分を除く。)、同大井淑雄、原告謙一本人(ただし、後記採用しない部分を除く。)、被告新城本人(ただし、後記採用しない部分を除く。)、検証並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

一1  本件交通事故の態様

仁子は次のとおり交通事故に遭遇した。

(一) 日時 昭和五七年九月二日午後一時五〇分ころ

(二) 場所 岐阜県高山市桐生町六一番地所在交差点(高山市立北小学校の北側)

(三) 加害車両 訴外濃飛倉庫運輸株式会社高山支店従業員である訴外高島新一郎運転の大型トラック(熊谷一一か一八八五)

(四) 事故態様 仁子が自転車に乗って(二)記載の交差点を北から南へ直進横断中、折から同交差点を北から東へ左折しようとしていた加害車両の左前バンパー部に接触し、その衝撃で仁子は転倒した上、加害車両の左前輪にその右腰部を轢過され、これにより右仙腸関節、右恥骨上下枝、左腸骨、左恥骨下枝、尾骨が骨折した。以上のうち右仙腸関節、右恥骨上下枝の骨折がマルゲーヌ骨折である。

2  午後二時から午後三時までの経過

仁子は、午後二時ころ本件病院に救急車で運び込まれ、川合看護婦他一名が救急室で直ちに血圧及び脈拍の測定を行ったところ、血圧は一二〇/六〇、脈拍は七二であり、仁子の顔色、意識も正常であった。本件病院の事務職員が仁子にその住所、氏名、年齢等を直接確認することもできたが、仁子は痛みを訴えていた。当日整形外科の病棟回診を担当していた伊東医師が、直ちに救急室に来たので、川合看護婦らが状況を報告したところ、同医師は問診、触診の上、腰部と胸部のレントゲン撮影を指示した。救急室では、約一〇分を要した。

川合看護婦らは、伊東医師の右指示のもとに、仁子をストレッチャーでレントゲン室に運び、速やかにレントゲン撮影に取りかかり、四枚のレントゲン写真(<書証番号略>)を撮影した。レントゲン室では、原告謙一及び原告重範とが面会した。ここでも、川合看護婦は仁子の血圧、脈拍を測定したが、救急室での数値からの大きな変化は認められなかった。レントゲン室では、面会の時間も含めて約一五分を要した。

レントゲン撮影後、川合看護婦らは、ストレッチャーで仁子を整形外科診察室前の廊下まで移動させ、右移動後の午後二時二五分ころからレントゲン写真を被告新城に交付する午後二時三五分ころまでの間、川合看護婦は、整形外科診察室内にいた被告新城に対し、仁子が交通事故の被害者であること、整形外科診察室の前の廊下にストレッチャーで運ばれてきていること、腹痛を訴えていること及び血圧、脈拍の数値を報告した外、レントゲン室に赴き、現像が終了したレントゲン写真を受け取り、整形外科診察室の藤本看護婦を介して被告新城に右レントゲン写真を交付した。被告新城は、当時行っていたギプス巻きの作業を中断し、伊東医師と共に、右レントゲン写真を読影した後、原告謙一と訴外濃飛倉庫運輸の高山支店長を入室させ、仁子を初診した伊東医師立会いの上で、原告謙一らにレントゲン写真を示し、「骨盤が六か所折れている。膀胱か輸尿管がやられているかもしれない。」等と、骨盤骨折であること、内臓損傷はレントゲン写真には写らないが、その可能性もありうるので検査が必要であり、即時の入院を必要とすることを説明し、原告謙一の承諾を得た上で、病棟の看護婦に対する入院指示書を作成し、カルテに記入した。右指示書には、仁子につきハンモック牽引をすること、止血剤等の投薬をする旨の記載がある。しかし、被告新城は、レントゲン写真上骨折場所は六か所と多いものの、骨のずれはあまりなく、血圧も異常とはいえず、従来の骨盤骨折とあまり変わりはないと考え、事故の詳しい状況を知ろうとはしなかったし、診察室内又はその前の廊下で仁子を直接診察することはしなかった。仁子が整形外科診察室前から入院病棟に移されたのは、被告新城がレントゲン写真を見てから既に約二〇分が経過してからであった。

3  午後三時から手術開始までの経過

仁子は、午後二時五五分ころ、被告新城の指示により本件病院四階の入院病棟に移され、午後三時ころ入院病棟に到着した。今井両看護婦は、仁子に被告新城の入院指示書記載の指示に基づきハンモックベッドを用いた骨盤垂直牽引療法を施すため、当初予定していた病室を変更した上、ハンモックベッドの組立作業を行ったが、うまく組み立てられないため、午後三時一五分ころ、仁子をやむなく普通ベッドに寝かせた。その直後、今井両看護婦が仁子の血圧を測定しようとしたところ、測定困難な状態(出血性ショック状態。出血量は一〇〇〇ミリリットル以上と推定される。)であったため、驚いて被告新城にその旨を連絡したところ、同被告が病室に駆けつけ、仁子を直接診察し、直ちに輸液・代用血漿の急速注入を行ったが、期待した血圧の上昇がみられなかった。被告新城は、このため血管損傷を強く疑うに至り、輸血の準備として自ら検査用血液を採取し、採取した血液の検査と輸血用血液一〇本(合計二〇〇〇ミリリットル)の手配の指示を行った。午後三時二〇分検査室受付の仁子の末梢血検査の結果は赤血球数三二六万個、ヘモグロビン9.7グラム毎デシリットル、ヘマトクリット三一パーセントであった。更に外科の前田医師の応援も求め、仁子の病状を検討し、腹部内出血による出血性ショックとの判断を下し、前田医師により腹腔穿刺を行ったが、腹腔内出血は認められなかったので、後腹膜腔内の出血と診断し、ショック状態からの離脱を図るべく輸液や代用血漿の投与に加えて昇圧剤の投与を行った(輸血前に輸液五〇〇ミリリットル、代用血漿二〇〇〇ミリリットルを急速注入し、血圧が上昇しなかったので昇圧剤を合計四アンプル注射した。)のであるが、仁子はショック状態から離脱しなかった。そこで、被告新城は、午後三時三五分に開腹手術を決意し、原告謙一に手術をすることを説明して、その同意を得た。

高山ブルート協会から輸血用血液一〇本(二〇〇〇ミリリットル)が本件病院に到着したのは、午後三時五〇分ころであった。輸血に当たり交叉試験が実施され(交叉試験を輸血用血液一〇本(二〇〇〇ミリリットル)に対して行うには、少なくとも三〇分を要する。)、間接クームス試験は輸血を開始しながら同時に続行され、輸血途中でも間接クームス試験で異常が出れば、中止もできる体制であった。

4  手術から死亡までの経過

被告新城は、仁子を午後三時四五分に手術室に入室させ、被告新城が執刀し、前田医師が助手となり、伊東医師が麻酔医となって午後四時二〇分に手術を開始し、午後六時三〇分に終了した。

仁子の腹部を開腹したところ、マルゲーヌ骨折の合併症として最も多く見られる尿路系の損傷は認められなかったが、単純レントゲン写真からはその存在を診断することのできなかった粉砕骨折(垂直複骨折)が右仙腸関節一帯に存在し、左側も骨折がひどく、更に同様に診断できなかった左総腸骨静脈の下大静脈からの分岐部に約二センチメートルの亀裂、組織挫滅部からの出血及び周辺組織の牽引による動静脈の損傷が認められた。

(一) 腹膜腔内においては、大量の血腫があり、これを除去すると、その下で腸間膜が一部裂けていたが、既に出血は終わっており、新たな出血は認められなかった。被告新城は、右裂け目を縫合処置した。

(二) 本件におけるマルゲーヌ骨折の合併症としての後腹膜腔内出血は、骨盤腔内出血であって、左総腸骨静脈の亀裂部分、骨盤静脈叢及び仙骨静脈叢からの多発性のもので、左総腸骨静脈亀裂部からの出血は既に終了しており、静脈叢からの出血は続いていた。

加えて、巨大な後腹膜血腫が形成されていたが、これを全部除去して出血源を確認した上で止血措置を施すことは不可能であるので、血腫によるタンポナーデ効果を期待する外なかった。そこで、後腹膜腔内にドレーンを挿入し、左総腸骨静脈亀裂部等を縫合、結紮した外は、止血措置を施すことなく手術を終了した。

右ドレーンによって誘導される術後の出血量から術後の出血状態を観察したが、午後九時三〇分ころに血性液が五七グラム誘導された外は若干にとどまった。

(三) 手術室において手術開始直前の午後四時一五分ころから輸血・輸液を行い、昇圧剤を投与したが、仁子の血圧は上昇しなかった。輸液二〇〇〇ミリリットル、代用血漿一五〇〇ミリリットルを併用した。仁子の体重は43.5キログラムで全循環血液量は女性の場合、体重一キログラム当たり約八〇ミリリットルであるから、仁子の場合、約三五〇〇ミリリットルであるところ、全循環血液量中の出血量は、手術開始時において約二〇〇〇ミリリットル以上と推定され、事故後手術終了時までに三二一〇ミリリットル(うち、手術中に吸引された血液が二九〇〇ミリリットルで、ガーゼで拭き取った血液が三一〇ミリリットルである。)であり、手術中に一八〇〇ミリリットルの輸血がなされた。

(四) 午後七時に仁子は病室に戻り、人工呼吸器によって呼吸補助をなしたが、そのころには仁子は既に瞳孔が開いたままの状態であった。そして午後一〇時に心停止があったので、心マッサージ等を行い、一旦回復したものの午後一〇時五五分に再び停止し、午後一一時四分に死亡と判定された。死因は、大量出血による心不全であった。

なお、手術中に輸血用血液一〇本(二〇〇〇ミリリットル)の追加注文をしていたところ、午後六時四〇分ころ四本(八〇〇ミリリットル)が到着したので、第一回目の到着分の残りと合わせて、手術終了時から死亡時までに一〇〇〇ミリリットルの輸血がなされた。

以上の事実が認められ、右認定に反する前掲証拠はいずれも採用することはできない。

二証拠判断

1  本件交通事故の態様について

(一) 原告らは仁子の右腕の上の方にタイヤに踏まれたような跡があったと主張し、<書証番号略>(目撃者の供述調書)にはこれに沿う記載があるが、証人川合の証言によると、川合看護婦は、本件病院に搬入された仁子を直接に間近かで観察しているのであるが、同女の上腕部の轢過痕を認めておらず、右主張は直ちに採用することはできない。

(二) また、原告らは、仁子の腹部がトラックのタイヤに轢過されてはいないとして、自動車に轢過された場合に人体に残るタイヤ痕写真のコピー(<書証番号略>)を提出しているが、前記認定のとおり、仁子の右側の腸骨に粉砕骨折が生じていること及び創傷部からの体外への出血が見られなかったことからすれば、少くとも仁子の腰部、特に右腰部には強大な鈍的外力が加えられたものと判断することはできる。

2  午後二時から午後三時までの経過について

(一) 原告らは、午後二時の搬入時に既に仁子は氏名等を答えられる状態ではなかったとして、<書証番号略>等の氏名欄に「寺部紀江」なる記載のあることを挙げている。

しかし、右証拠中の住所や年齢の記載は、仁子のそれであり、かつ、記載の状態からみても、仁子の搬入時に記入されたと認められること及び午後二時におけるショック指数(脈拍を収縮期血圧で除したもの。)は0.6(72÷120)であり、<書証番号略>によれば、これは出血が殆ど生じていないことを示す数値であることが認められることの他、<書証番号略>、証人有田、同川合らの証言に照らすと、午後二時の時点では、仁子の意識は明瞭だったとみるのが相当である。

(二)(1) 本件病院への搬入時、仁子の全身には創傷、圧痕、皮下出血斑等はなかったと川合淳子は証言する。

しかしながら、その証言には、記憶のあいまいな点も多く、同証言から直ちに救急室において仁子の一般状態や体表の異常がなかったと速断することは相当でない。

(2) 原告謙一及び証人有田の供述する本件病院到着時刻は、それぞれの所在地からの出発時刻がはっきりしていて、かつ、本件病院までの所要時間もその距離を考えると必ずしも不自然ではないから、右供述部分は信用することができる。そうすると、原告謙一及び証人有田の本件病院到着時刻は、それぞれ午後二時九分、午後二時一五分であると認定することができ、このとき既に仁子はレントゲン室に入室していたのだから、救急室での所要時間は、約一〇分であったとみるのが相当である。

しかし、その後の時間の経過については、いちいち時計によって時刻を確認していたわけではなく、個人の時間に対する感覚差もあるから、原告謙一本人、有田の証言及び<書証番号略>の記載のうち、時間に関するものは全てをそのまま直ちに採用することはできない。

(3) レントゲン室では、撮影のために仁子の体位を変える必要があるが、仁子が痛みを訴えていたことを考慮すると、その作業が通常よりも時間を要したものと推認でき、かつ、仁子に対する原告謙一らの面会もあったことを考えると、レントゲン室での所要時間は、おおよそ一五分位と考えるのが相当であろう。

(4) 仁子が入院病棟への移動を開始した時刻は、原、被告ら共争っていないので、それが午後二時五五分であったとみられるから、前記のとおり、レントゲン写真の撮影が終ってから午後二時五五分までの約三〇分間は、仁子が整形外科診察室の前の廊下に置かれたままであったと認めるのが相当である。

(三) 被告新城は、川合看護婦から仁子が診察室の前に来ていることや痛みを訴えていることの報告を受けたことがないと主張し、被告新城の供述中にはこれに沿う部分もあるが、川合証言、有田証言及び原告謙一本人に照らし、右主張は採用することができない。

3  午後三時から手術開始前までの経過について

(一) 被告らは、被告新城は午後三時三分ころ、自ら入院病棟へ赴いたと主張し、<書証番号略>及び被告新城の供述中にはこれに沿う部分があるが、ハンモックの組立て中には被告新城は入院病棟には来ていないこと(有田証言及び原告謙一本人)、ハンモックの組立てには看護婦の場合には一五分はかかること(被告新城本人)及び<書証番号略>の傷病名の記載には、この時点においては「骨盤骨折」なる記載しかなく、単なる骨盤骨折の場合には保存的療法をとるのが通常であること(被告新城本人)に照らすと、被告新城は、今井両看護婦からの連絡で急遽入院病棟に向かったが、その時刻はハンモックの組立て時間等を考慮すると、午後三時一五分ころと認めるのが相当であり、被告らの右主張は採用することができない。

被告らは、<書証番号略>に記載された時刻はほぼ正確なものであると主張するが、<書証番号略>は逐次記載されたメモ等を元にして後で一括して記載されたものであり(川合証言及び被告新城本人)、手術の開始時刻等から逆算して記入されているものと推測されるから、施された措置の種類や順序はほぼ誤りなきものと言って差し支えないとしても、時刻の記載については、その全てを直ちに採用することはできない。

(二) 原告らは、被告新城が検査用血液の採取及び輸血用血液の手配を失念していたと主張し、<書証番号略>の「実施記録」欄には検査用血液の採取及び輸血用血液の手配指示の記載が存在しないことを挙げている。

しかし、<書証番号略>には、

「血液採取       1

赤白血球       2

サーリ        2

ヘマト        2

血小板        1」

なる記載が存在すること、<書証番号略>の「実施記録」の午後三時の欄には「ベニューラ」なる記載が存在すること並びに本件輸血が午後四時二〇分の手術開始とともに開始され、交叉試験を輸血用血液一〇本に施すのに三〇分を要することに照らせば、<書証番号略>には若干の記載漏れがあり、輸血用血液の手配指示も記載から漏れたのであって、被告新城は午後三時一五分ころ検査用血液を採取し、輸血用血液の手配指示をしたものと認めるのが相当である。したがって、原告らの右主張を採用することはできない。

4  手術から死亡までの経過について

(一) 原告らは、手術中の輸血量が一六〇〇ミリリットルであると主張し、<書証番号略>の「麻酔記録」の血液の項がまでで終わっていることをその根拠として挙げている。

しかし、<書証番号略>の「麻酔記録」中の輸血量欄には、「1800ml」と記載されていること、<書証番号略>の七丁裏左八行目には「輸血200ml→」と記載されていること及び輸血用血液検査票も九枚と五枚に分けて<書証番号略>に貼付されていることから、手術中の輸血量は一八〇〇ミリリットルであると認めるのが相当であり、原告らの右主張は採用することができない。

第二被告らの過失

一事故当時の臨床医学の水準

<書証番号略>、大井鑑定及び大井証言によれば、本件に関連する昭和五七年九月当時の臨床医学の水準は以下のとおりであると認めることができる(ただし、本件事故の発生した昭和五七年九月当時に公表されていなかった文献は、本件当時の臨床医療の水準を認定するに当たって適切な証拠とはいえないから、公刊年月日が昭和五七年九月以降の文献は証拠として採用することができない。<書証番号略>は右に述べたような理由から採用することができない。)。

1  交通事故による外傷で搬入された救急患者に対する診療上の留意点

(一) 一般的な留意点

救急患者は、問診することができないことが多く、病態も極めて短時間に変化しやすい。そこで、医師は、患者や事故関係者から受傷原因とその時刻の問診を行うと同時に、全身状態を把握するため、自分の目で頻繁にバイタルサインを観察するとともに、受傷した局所のみに目を奪われることなく患者の全身に視診、触診、聴診を行って症状の変化を早く知ることができるようにするとともに、腹腔穿刺を行って腹膜腔内出血の有無を確認し、気道、静脈路を確保し、輸血・輸液を急速に行う。

循環血液量の二〇〜三〇パーセントは、輸液で補うことができる。

(二) 腹部外傷

腹部外傷の場合、出血と内臓器の損傷に対しては早期の治療を必要とし、特に、大量出血の制御が第一の課題といえる。交通事故による受傷の場合は、患者に鈍的外力が加えられていることから、全身状態の診察においては、腹部外傷の存在を念頭に置かなければならない。

治療の初期においては、レントゲン写真や臨床検査等の所見に乏しいため、開腹手術をするかどうかの決定は困難である。しかし、予後の悪い多発性外傷の本質的原因は、加えられた外力の大きさによる外傷の重篤性にあるが、診断上・治療上の不手際も予後の悪さのかなりの部分を占めると想像されるから、迅速な診断と治療法の決定が必要である。

(三) 出血とその徴候

出血量が全循環血液量の一〇から一五パーセントまでであれば、最大血圧は比較的よく保たれ、最小血圧は低下している。これは、出血によって減少した流血量に対して、末梢血管が反射的に収縮し、末梢抵抗が増加して血液を中枢に集め、減少した循環血液量で内部環境を恒常に保とうとする作用が生じるからである(交感神経・副腎髄質機能充進)。しかし、出血量が一五から二〇パーセントになると、右作用の限界に達するため、最大血圧が急激に低下してショック状態が顕在化し、二〇から三五パーセントではショック状態が明白になる。健康な成人の場合、出血量が一〇〇〇ミリリットルを超えるとショック状態になるというのが、臨床外科医のほぼ共通した認識である。

血圧の低下は、出血の重症度判定に最も重要な指標であり、三八歳女子の最小血圧の正常値の下限は、六〇である。これに対して、ヘマトクリット値は、受傷直後には低下せず、右交感神経・副腎髄質機能充進作用が限界に達することにより生じる血液希釈に要する時間を経て初めて低下する。

鈍的外傷による内出血の場合、その量がしばしば過小評価される。

2  骨盤骨折の治療

(一) 骨盤骨折とその合併症

骨盤骨折に直接関係する合併症は、ショック、尿路損傷及び後腹膜腔出血である。骨盤骨折が判明すれば、腹膜腔内又は後腹膜腔内出血の有無を確認しなければならない。なぜなら、骨盤骨折は、骨盤を構成する骨や関節の骨傷に加え、骨盤周囲の静脈叢や内腸骨動脈分枝及び骨盤周囲軟部組織の損傷を伴うことが多く、これらの損傷を伴うときは後腹膜腔内大量出血をきたし、しばしば生命が脅かされるほどの重傷となり、また、骨盤入口部で静脈が損傷され、後腹膜腔に大きな血腫を作ることがあり、腸骨静脈からの出血はショック死の危険が大きいからである。この際に注意しなければならないのは、後腹膜腔内出血は、その速度がやや緩徐であるため、当初は血圧や脈拍は安定しているが、時間の経過とともに出血性ショック状態に陥るから、来院時の全身状態が比較的良好と思われても、しばらくは全身状態の観察を怠ってはならないという点である。

(二) 治療方法

治療としては、まず第一に、強力な輸血・輸液が必要である。

更に進んで開腹手術を行うかどうかを決定することとなる。これについて、腹腔内臓器及び骨盤臓器に損傷の疑いがあるときには、開腹手術を行うことが適当であるとの基準も存在するが、絶対的なものではなく、開腹手術と保存的療法の選択についての確立した基準は存在しない。ただし、腹膜腔内に出血が認められるときは開腹手術を行うことが適当である。

後腹膜腔内の出血は、多発性の出血のため、制御が困難である上、血腫が上方に伸展して上下静脈を圧迫し、静脈還流を障害するので、出血が更に増加するという悪循環が生じる。後腹膜腔内出血の止血方法としては、

(1) 骨盤腹膜が健常ならば、後腹膜血腫内圧の上昇によるタンポナーデ効果を得る目的の新鮮血の輸血という保存的療法

(2) 内腸骨動脈結紮や出血血管結紮等の手術的方法があるが、手術的止血の効果は症例ごとに異なり、手術的方法として絶対に確実であるというものはなく、また、手術においても輸血は必要であるが、術中の直接出血と緩徐な出血の総計が必要輸血量であるところ、その測定は困難なので、ヘマトクリット値を術中に測定する必要がある。

昭和四〇年八月から一二年間に済生会神奈川病院において、重症のマルゲーヌ骨折に後腹膜腔内出血や尿路損傷を併発した患者の死亡率は五〇パーセントくらいであった。血管損傷に対する手術が成功しても、急激な出血のために死亡する例も少なくない。

(三) 輸血・輸液・代用血漿・昇圧剤

緊急時でも、輸血用血液の交叉試験は必要であり、血圧の測定が不能のときは、三〇分当たり二〇〇〇ミリリットルの輸血をすべきである。ただし、全血輸血は、循環血液量を過剰に増大させ、逆に循環系に負荷をかけ、うっ血性心不全を惹起したり、出血を助長したりするおそれがあるから、大量出血で輸血を行う場合でも、失血量を全て血液で補充するより、電解質又は膠質を含む電解質液と血液を一から二対一の割合で投与し、ヘマトクリットを三〇から三五パーセントに維持するのが末梢の微小循環での血液粘性上からも好ましい。

代用血漿の大量投与には出血傾向の助長、凝固障害及び腎障害の危険が伴うから、その使用限度は一般に人間の体重一キログラム当たり二〇ないし三〇ミリリットルであるとされ、最大限の許容使用量は一〇〇〇ないし二〇〇〇ミリリットルであり、それでも足りないならば、昇圧剤を使用すべきである。ただし、不測の大量出血によって急激な体液喪失(hypovolemia)を生じた場合の代用血漿の使用量については特定の限度はない。また、昇圧剤は患者の救命のために心臓、脳の血流を確保すべくその他の臓器の血管を収縮させるもので、出血性ショックにおいて交感神経・副腎髄質機能亢進によって収縮している末梢血管の収縮を一層促進することから、一般的には好ましくはない。ただし、冠血流維持のために短時間昇圧剤を使用することは許容されるし、脈が触れないような状態で、最大血圧を七〇から八〇まで上昇させるため使用するのも許容される。

二被告らの注意義務違反

1  仁子を約一時間診察せず放置したとの点(請求原因3(一))について

(一) 前記一認定の臨床医学水準によれば、交通事故による受傷者の救急医療に当る医師は、

(1) 救急患者は、問診することができないことが多く、病態が極めて短時間に変化しやすいから、受傷原因とその時刻の問診を事故の関係者から迅速に行うと同時に、全身状態を把握するため、特に交通事故による受傷の場合は、患者に鈍的外力が加えられていることから、腹部外傷の存在を念頭に置いて、医師が自分の目で頻繁にバイタルサイン、特に血圧の低下の有無を観察するとともに、受傷した局所のみに目を奪われることなく患者の全身に視診、触診、聴診を行って症状の変化を早く知ることができるように努める注意義務

(2) 右診察の結果、腹部外傷の疑いがある場合には、腹腔穿刺を行って腹膜腔内出血の有無を確認し、気道、静脈路を確保し、輸血・輸液を急速に行うように努める注意義務

(3) 更にレントゲン写真によって、受傷者が骨盤骨折を受傷していることが判明した場合、腹膜腔内又は後腹膜腔内出血の有無を確認し、特に後腹膜腔内出血は、その速度がやや緩徐であるため、当初は血圧や脈拍は安定しているが、時間の経過とともに出血性ショック状態に陥るから、来院時の全身状態が比較的良好と思われても、しばらくは全身状態の観察を継続するよう努める注意義務

をそれぞれ負担するというべきである。

(二) 仁子が午後二時ころ本件病院に救急車で運び込まれた当時の血圧は一二〇/六〇、脈拍は七二で、その顔色、意識は正常であり、本件病院の事務職員の質問に対して応答することもできたが、痛みを訴えていたこと、直ちに伊東医師が、救急室において問診、触診の上、腰部と胸部のレントゲン撮影を指示したこと、仁子はストレッチャーでレントゲン室に運ばれ、四枚のレントゲン写真が撮影されたこと、ここでも、仁子の血圧が測定されたが、救急室での数値からの大きな変化は認められなかったこと、レントゲン撮影後、午後二時二五分ころに、仁子は、ストレッチャーで整形外科診察室前の廊下まで移動したこと、右移動後の午後二時二五分ころからレントゲン写真を被告新城に交付する二時三五分ころまでの間、川合看護婦は、被告新城に対し、仁子が交通事故の被害者であること、整形外科診察室の前の廊下にストレッチャーで運ばれてきていること及び腹痛を訴えていることを報告した上で、レントゲン室に赴き、現像が終了したレントゲン写真を受け取り、整形外科診察室の藤本看護婦を介して被告新城に右レントゲン写真を交付したこと、被告新城は、当時行っていたギプス巻きの作業を中断して右レントゲン写真を読影した上で、原告謙一と訴外濃飛倉庫運輸の支店長を入室させ、仁子を初診した伊東医師立会いの上で、原告謙一らにレントゲン写真を示し、「骨盤が六か所折れている。膀胱か輸尿管がやられているかもしれない。」等と、骨盤骨折であること、内臓損傷はレントゲン写真には写らないが、その可能性もありうるので検査が必要であり、即時の入院を必要とすることを説明し、原告謙一の承諾を得た上で、入院指示書を作成し、カルテに記入したこと、しかし、事故の詳しい状況を細かく質問することはしなかったし、診察室内又はその前の廊下で仁子を直接診察することはしなかったことは、前記第一、一、2で認定したとおりである。

(三) そこで、右の過程において、仁子の腹膜腔内出血と後腹膜腔内出血の所見がいつ頃診断可能であったかについて検討する。

前記一1(三)によれば、出血量が全循環血液量の一〇から一五パーセントまでであれば、最大血圧は比較的よく保たれ、最小血圧が低下するにとどまり、出血量が一五から二〇パーセントになると、最大血圧が急激に低下してショック状態が顕在化し、二〇から三五パーセントではショック状態が明白となること、健康な成人の場合、出血量が一〇〇〇ミリリットルを超えるとショック状態になるというのが、臨床外科医のほぼ共通した認識であること、三八歳女子の最小血圧の正常値の下限は六〇であること、が認められ、前記一2(一)によれば、骨盤骨折に直接関係する合併症は、ショック、尿路損傷及び後腹膜腔内出血であること、骨盤骨折が判明すれば、腹膜腔内又は後腹膜腔内出血の有無を確認しなければならないこと、この際に注意しなければならないのは、後腹膜腔内出血は、その速度がやや緩徐であるため、当初は血圧や脈拍は安定しているが、時間の経過とともに出血性ショック状態に陥るから、来院時の全身状態が比較的良好と思われても、しばらくは全身状態の観察を怠ってはならないという点であることが認められる。

前記(二)の経過を検討すると、救急室及びレントゲン室での仁子の血圧及び脈拍は正常な値を示しており、この時点で、伊東医師や川合看護婦らが仁子の腹膜腔内又は後腹膜腔内出血に気付くことは不可能であった。しかし、整形外科診察室において、被告新城が仁子は交通事故の被害者であること、整形外科診察室の前の廊下にストレッチャーで運ばれてきていること及び腹痛を訴えていることを川合看護婦から報告された後、マルゲーヌ骨折の写った仁子のレントゲン写真を読影した午後二時三五分に、診察室において直接仁子を診察し、骨盤骨折であることに留意して自ら又は他の医師に依頼して腹腔穿刺を同時期に行っていれば、前記第一、一、3及び4で認定したとおり、右時刻から約四〇分経過した午後三時一五分過ぎに行った腹腔穿刺では、腹膜腔内出血が確認されず、かつ、その後なされた開腹手術の結果、腹膜腔内に血腫が存在していたこと、他方整形外科診察室前に到着する以前にいたレントゲン室での血圧測定においては、特段の異常な数値が示されておらず出血量が少なかったものと推認されることに照らすと、午後二時三五分ころ当時まさに進行していた腹膜腔内出血の診断が可能であったものというべきである。

(四)  しかるに、被告新城は、仁子を午後二時三五分ころに直接診察することなく、入院病棟への移動の指示をなしたにとどまったのであるから、被告新城には、前記(一)(1)、(2)、(3)の各注意義務に違反した過失があるものといわざるをえない。

2  輸血についての過失(請求原因3(二))及びその他の過失

(請求原因3(四))について

(一) 前記一認定の臨床医学水準によれば、緊急時でも、輸血用血液の交叉試験は必要であること、血圧の測定が不能のときは、三〇分当たり二〇〇〇ミリリットルの輸血をすべきだが、全血輸血は、循環血液量を過剰に増大させ、逆に循環系に負荷をかけ、うっ血性心不全を惹起したり、出血を助長したりするおそれがあるから、大量出血で輸血を行う場合でも、失血量を全て血液で補充するより、電解質又は膠質を含む電解質液と血液を一から二対一の割合で投与し、ヘマトクリットを三〇から三五パーセントに維持するのが末梢の微少循環での血液粘性上からも好ましいこと、代用血漿の大量投与には出血傾向の助長、凝固障害及び腎障害の危険が伴うから、その使用限度は一般に人間の体重一キログラム当たり二〇ないし三〇ミリリットルであるとされ、最大限の許容使用量が二〇〇〇ミリリットルであり、それでも足りないならば、昇圧剤を使用すべきであるが、不測の大量出血によって急激な体液喪失を生じた場合の代用血漿の使用量については特定の限度はないこと、昇圧剤は患者の救命のために心臓、脳の血液を確保すべくその他の臓器の血管を収縮させるもので、出血性ショックにおいて交感神経・副腎髄質機能亢進によって収縮している末梢血管の収縮を一層促進し、一般的には好ましくはないが、冠血流維持のために短時間昇圧剤を使用することは許容されるし、脈が触れないような状態で、最大血圧を七〇から八〇まで上昇させるため使用するのも許容されることが認められる。

(二) 被告新城が午後三時一五分すぎころ血圧の測定不能となった仁子を直接診察し、輸液・代用血漿の急速注入を行ったこと、それでも血圧の回復がみられず、ここで血管損傷を強く疑うに至ったので、この時点で輸血の準備として、検査用血液を採取し、採取した血液の検査と輸血用血液の手配の指示を行ったこと、腹腔穿刺の結果から後腹膜腔内の出血と診断し、ショック状態からの離脱を図るべく輸液や代用血漿の投与に加えて昇圧剤の投与を行ったこと(輸血前に輸液五〇〇ミリリットル、代用血漿二〇〇〇ミリリットルを急速注入し、血圧が上昇しなかったので昇圧剤を合計四アンプル注射した。)、高山ブルート協会から輸血用血液一〇本(二〇〇〇ミリリットル)が到着したのは、午後三時五〇分ころであったこと、輸血に当たり交叉試験が実施され(交叉試験を輸血用血液一〇本(二〇〇〇ミリリットル)に対して行うには、少なくとも三〇分を要する。)、間接クームス試験は輸血を開始しながら同時に続行され、輸血途中でも間接クームス試験で異常が出れば、中止もできる体制であったこと、手術中も仁子の血圧は回復しなかったが、輸血一八〇〇ミリリットル、輸液二〇〇〇ミリリットル、代用血漿一五〇〇ミリリットルを投与したこと、手術終了時から死亡時までに一〇〇〇ミリリットルの輸血がなされたことは、前記第一、一、3及び4で認定したとおりである。

(三) (一)の臨床医学水準に照らして、(二)の事実を検討すると、輸血用血液の手配は午後三時一五分過ぎころと認められるので、手配が特に遅れたとか、手配を失念していたとは認められず、請求原因3(二)(1)の主張は理由がない。次に、輸血に際して交叉試験や間接クームス試験を実施することは臨床医学水準に適うものであるから、本件において右各試験を行って輸血開始が多少遅れたことをもって、直ちに医師の過失を問うのは相当でなく、請求原因3(二)(2)の主張も理由がない。また、臨床医学水準において、血管損傷を合併した重症のマルゲーヌ骨折に対しては最低でも出血量と等量の輸血をすべきであるとも、八〇〇〇ミリリットルの輸血をすべきであるとも認定することができないから、これらの知見を前提とする請求原因3(二)(4)の主張も理由がない。さらに、本件においては、午後三時一五分以降死亡に至るまで仁子の血圧は回復しなかったのであるから、代用血漿・昇圧剤ともその使用限度に特定の限度を認めることはできず、使用量は医師の裁量に委ねられるというべきであるから、特定の使用限度を前提とする請求原因3(四)の主張も理由がない。

しかしながら、血圧測定不能であった手術開始時において、輸血用血液を二〇〇〇ミリリットル保有していたのに輸血速度が三〇分間に五〇〇ミリリットルであったことは、血圧測定不能の場合には三〇分当たり二〇〇〇ミリリットルの輸血をすべきであるという臨床医学水準を明らかに下回っており、したがって、請求原因3(二)(3)の主張は、輸血速度の遅れの限りで理由がある。

3  手術における過失(請求原因3(三))について

(一) 前記一認定の臨床医学水準によれば、開腹手術を行うかどうかを決定するについて、腹腔内臓器及び骨盤臓器に損傷の疑いがあるときには、開腹手術と保存的療法の選択の確立した基準は存在しないとはいえ、腹膜腔内に出血が認められるときは、むしろ開腹手術を行うことが適当であること、後腹膜腔内の出血は、多発性の出血のため、制御が困難である上、血腫が上方に伸展して上下静脈を圧迫し、静脈還流を障害するので、出血が更に増加するという悪循環が生じること、後腹膜腔内出血の止血方法としては、骨盤腹膜が健常ならば、後腹膜血腫内圧の上昇によるタンポナーデ効果を得る目的の新鮮血の輸血という保存的療法と内腸骨動脈結紮や出血血管結紮等の手術的方法があるが、手術的止血の効果は症例ごとに異なり、手術的方法として絶対に確実であるというものはなく、また、手術においても輸血は必要であるが、術中の直接出血と緩徐な出血の総計が必要輸血量であるところ、その測定は困難なので、ヘマトクリット値を術中に測定する必要があることが認められる。

(二) 被告新城は、仁子を午後三時四五分に手術室に入室させ、午後四時二〇分に手術を開始し、午後六時三〇分に終了したこと、仁子の腹部を開腹したところ、マルゲーヌ骨折の合併症として最も多く見られる尿路系の損傷は認められなかったが、単純レントゲン写真からはその存在を診断することのできなかった粉砕骨折が右仙腸関節一帯に存在し、更に左総腸骨静脈の亀裂、組織挫滅部からの出血及び周辺組織の牽引による動静脈の損傷が認められたこと、腹膜腔内に血腫があり、これを除去すると、その下で腸間膜が一部裂けていたが、既に出血は終わっており、新たな出血は認められなかったので、被告新城は、右裂け目を縫合処理し、他に出血源がないかどうかを確認して創を閉じたが、大きな出血がない以上、小さな出血源を探すことは、徒らに手術時間を遷延させるばかりで無意味であるので、腹膜腔内の内臓を細かく調べることはしなかったこと、本件におけるマルゲーヌ骨折の合併症としての後腹膜腔内出血は、骨盤腔内出血であって、左総腸骨静脈の亀裂部分、骨盤静脈叢及び仙骨静脈叢からの多発性のもので、左総腸骨静脈亀裂部からの出血は既に終了しており、静脈叢からの出血は続いており、加えて、巨大な後腹膜血腫が形成されていたために、これを全部除去し、出血源を確認し、止血措置を施すことは不可能で、血腫によるタンポナーデ効果を期待する外なかったので、後腹膜腔内にドレーンを挿入し、左総腸骨静脈亀裂部分等を縫合、結紮した外は止血措置を施すことなく手術を終了したことは、前記第一、一、4で認定したとおりである。

(三) (一)の臨床医学水準に照して、(二)の事実を検討すると、前記状態となっている後腹膜腔内の出血に対して、逐一の手術的止血を行わずにタンポナーデ効果を期待して創を閉じた本件手術は、臨床医学水準に背くものとはいえない。したがって、請求原因3(三)の主張には理由がない。

第三因果関係

一被告新城が、前記第二、二、1の早期診察義務を尽くしていれば、午前二時三五分ころ腹腔穿刺によって腹膜腔内出血であると診断を下すことができ、前記のとおり、腹膜腔内出血については開腹手術をすることが適当であるのであるから、直ちに右手術をすることを決意し、ショック状態を起こし始めたことから前記のとおり仁子の出血量が一〇〇〇ミリリットル前後であったものと推認される午後三時ころには、開腹手術を開始することができたとみられ、右手術をすれば、単純レントゲン写真からはその存在を診断することのできなかった本件における右仙腸関節一帯に存在した粉砕骨折、腹膜腔内における出血と腸間膜の一部亀裂の外、とりわけ後腹膜腔内における左総腸骨静脈の亀裂部分からの大量出血と骨盤静脈叢・仙骨静脈叢からの出血を右開腹手術の結果として発見することができ、そして右症状を発見していたならば直ちに右腸間膜の一部亀裂のみならず、左総腸骨静脈の亀裂部の縫合を行って大量出血源からの出血を阻止することができたという蓋然性が十分に認められる。また、前記第二、二、2中の手術中の輸血速度確保義務(三〇分当たり二〇〇〇ミリリットル)を尽くしたならば、前記時刻に手術を開始していた場合、午後三時三〇分には、出血量と等量以上の血液を仁子に投与することで、出血性ショック状態からの離脱を図ることができ、よって、仁子の死亡という最悪の結果を回避することのできた一定の蓋然性のあることを否定することはできない。

二とはいえ、一方、被告新城が右早期診察義務とこれに伴う適切な処理及び手術中の輸血速度確保義務を尽くしたとしても、第二、一認定の臨床医学水準に照らすと、マルゲーヌ骨折に合併して腹膜腔内出血や後腹膜腔内出血が生じた場合、開腹手術と保存的療法の選択の確立した基準は存在せず、本件においても客観的には保存的療法が適切であったかもしれないとの疑問を否定してしまうことはできず、また、手術的止血の効果は症例ごとに異なり、手術的方法として絶対に確実というものはなく、血管損傷に対する手術が成功しても、急激な出血のために死亡する例も少なくないという事情、その他当地方における輸血用血液の大量確保の困難性(被告新城本人によると、本件病院には血液の備蓄は全くなく、必要に応じて高山ブルート協会から取り寄せていたこと、前記のとおり本件では合計二〇本(四〇〇〇ミリリットル)の取り寄せを注文したが一四本(二八〇〇ミリリットル)しか取り寄せられなかったことが認められ、また、右供述によると、右は右協会の在庫の制約によった疑いがある。)等をも併せ考慮すると、早期診断に基づく早期の開腹手術による手術的止血(血管縫合)及び大量輸血によっても仁子の死亡を阻止することのできない症例であった可能性も否定することができない。

更にまた、被告新城が当時行っていたギプス巻きを放置することが、当該患者との関係で許されるかどうかも問題となり得る。

三以上説示したところによれば、被告新城の右早期診察義務及び手術中の輸血速度確保義務の違反と仁子の死亡との間の因果関係は、これを直ちに肯定するには、種々の不確定要素を伴うものであることは否定することができないけれども、他方、右早期診察義務及び手術中の輸血速度確保義務を尽くしたならば、仁子の死亡を阻止することのできた蓋然性も否定することのできない本件においては、被告の右早期診察義務及び手術中の輸血速度確保義務違反と仁子の死亡との間の因果関係を肯定した上、右不確定要素の存在を損害額の縮小事由として考慮するのが、損害の公平な分担をその本旨とする民事損害賠償制度の理念に沿うものというべきである。

第四被告らの責任

一被告新城

前記第二及び第三に説示したところによれば、被告新城は、仁子の死亡に対して不法行為責任を負担することになる。

二被告連合会

被告新城が、不法行為責任を負担することは、右一のとおりであるから、その使用者であることにつき争いのない被告連合会が民法七一五条の使用者責任を負担することも明らかである。

三交通事故の発生を契機とする医療行為は、交通事故の発生の後に行われ、交通事故によって生じた結果の除去の目的で必然的になされるものであること、医療行為において医師の負担すべき注意義務は、交通事故における運転者が負担すべき注意義務のように一義的に定まるものではないことからすると、交通事故とこれを契機とする医療行為との間には、意思の連絡やその共同を認めることができないのはもとより、行為類型も全く異なるものといわなければならず、このような、時点を異にする複数の不法行為が接続した事例は、端的に独立した不法行為が競合している事例であると理解すべきである。

しかしながら、被害者の被った損害に着目するときには、交通事故のみによる損害と医療過誤のみによる損害とを正確に区別することは、多くの場合、被害者に困難であり、被害者にとっては、むしろ渾然一体となった一個の損害と考えているのが通常であろう。そこで、かかる独立した不法行為の競合の事例においては、競合した各不法行為によって生じた損害への各不法行為の寄与程度を過失の態様や程度、診療経過時から判定することが可能であれば、損害賠償の公平の分担の見地から、各不法行為とそれぞれに対応する各損害との間に個別の因果関係を認めるのを相当と解すべきであろう。

ところで、本件においても、医療過誤を交通事故とは別個独立の不法行為と見ることが相当であるから、次の損害額の検討に際して、原告らの被った損害につき被告らの寄与の程度を認定することの可否について検討を加えることとする。

第五損害額

仁子の受傷原因が、一一トントラックの前輪による轢過であることや被告新城の仁子を診察せずに放置した過失が重大なものであること、他方前記の高山市における輸血用血液の絶対量・運搬体制・保存状況、治療における不確定要素等の諸般の事情を考慮すると、被告らに本件医療行為によって原告らが被った損害額の一割を負担させることが相当であると解される。

一逸失利益(請求額四七三六万九四七五円)

四二六万三二五二円

<書証番号略>によれば、仁子は死亡当時三八歳の女子であって、専業主婦であったが、四年制大学を卒業し、教員の資格を有していたことが認められ、<書証番号略>、原告謙一本人の結果によれば、原告ら一家の年間生活費は、年間所得の約三割と認められる。

そこで、昭和五七年賃金センサス第一巻第一表の大学卒三八歳女子労働者産業計企業規模計の平均年収である三八三万八六〇〇円を基準に、専業主婦であったことから得べかりし収入をその九割とし、更に生活費控除として右得べかりし収入の三割を控除し、六七歳まで稼働可能であったものとして、二九年の新ホフマン係数を乗じると、四二六三万二五二八円となる。

383万8600×0.9×(1−0.3)×17.629=4263万2528

このうち、被告らの負担すべき額は、その一〇分の一である四二六万三二五二円である。

二死亡慰謝料(請求額一六〇〇万円)

一二〇万円

前記認定の諸般の事情に照らすと、仁子の死亡慰謝料は、一二〇〇万円が相当であり、このうち、被告らの負担すべき額は、その一〇分の一である一二〇万円である。

三葬祭料(請求額一八〇万三七一〇円)

一〇万六三七一円

<書証番号略>、原告謙一本人によれば、原告らが、葬儀費用として金八六万三七一〇円、仏壇・仏具費用として金二八万七〇〇〇円及び墓地・墓石費用として金六五万三〇〇〇円を出捐したことが認められる。

本件の諸事情に照らすと、右各費用のうち、本件と因果関係のある葬祭料は、一〇六万三七一〇円が相当であり、このうち、被告らの負担すべき額は、その一〇分の一である一〇万六三七一円である。

四国民年金支払分(請求額二八万〇三八〇円)

〇円

<書証番号略>、原告謙一本人によると、仁子が生前国民年金の保険料を支払っていたことが認められるが、右保険料額は、仁子の死亡と相当因果関係の範囲内にある損害ということはできず、右請求を認めることはできない。

五損益相殺

原告らが、訴外濃飛倉庫運輸株式会社との間で、本件事故に関して示談契約を締結し、金三四五〇万円を受領したことは、当事者間に争いがない。

しかし、前記説示のとおり、仁子の死亡に対する被告らの責任割合は損害額の一割であり、残り九割は本件事故に起因するものであるところ、右三四五〇万円はこの九割に対する損害賠償であり、これによって被告らの責任割合が軽減されるものではないから、右一から四に認定した損害額が右三四五〇万円の受領によって填補されることはなく、したがって右三四五〇万円の受領は本件における被告らの賠償責任に影響を及ぼすことはないものといわなければならない。

六相続

<書証番号略>によると、仁子と、原告らとの身分関係がその主張に係るとおりであることが認められ、これによると、原告謙一は、右一から四の損害額の二分の一である金二七八万四八一一円を、原告紀江及び原告重範はその各四分の一である金一三九万二四〇五円ずつを、それぞれ仁子から相続した。

七弁護士費用(請求額二〇〇万円)

原告謙一について、二七万八五〇〇円

原告紀江、同重範について、各一三万九二五〇円

原告らが本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは、本件記録上明らかであり、本件訴訟の難易、経過、右認容額その他諸般の事情を考慮すれば、弁護士費用は、原告謙一について二七万八五〇〇円、原告紀江及び原告重範について各金一三万九二五〇円が相当である。

八まとめ

右一から七によれば、原告らの損害額は、原告謙一について金三〇六万三三一一円、原告紀江及び原告重範について各金一五三万一六五五円となる。

第六被告新城の本案前の主張について

本件全証拠によっても、被告新城と原告らが、昭和五八年八月一〇日及び同月下旬に不起訴の合意をなしたとの事実は、これを認めることができない。

もっとも証拠(<書証番号略>、被告新城本人)中には、原告謙一又は原告訴訟代理人が被告新城に対し、金銭的請求をしない旨約したとも解される部分もあるが、右も未だ直ちに不起訴の合意があったとするに足りない。

第七結論

以上のとおりであるから、原告らは、その余の事実につき判断するまでもなく、不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告らに対し、各自、原告謙一について損害額金三〇六万三三一一円及びこれに対する不法行為時である昭和五七年九月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、原告紀江及び原告重範についてそれぞれ損害額金一五三万一六五五円及びこれに対する不法行為時である昭和五七年九月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める権利があるというべきであるので、原告らの各請求は右の範囲で正当として認容することとし、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大橋英夫 裁判官北澤章功 裁判官野村朗)

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